眠剤の雨

近場の広場に眠剤の雨が降るという噂を聞きつけ私は向かった。現地へ赴くと、すでに各位は空へ向けて口を開け、錠剤が入るのを待機していた。今日の眠剤輸送機撃墜確率は90%と有力なデータが出ていたため、皆気合が入っている。

そのとき、上空から激しい爆発音がした。すぐにパラパラと、大小様々な錠剤が降り注いできた。どうやら撃墜に成功したようだ。私も手元のビニール袋を広げながら、錠剤を確保していく。中々の成果が期待できそうで、顔が自然に綻んでいくのがわかる。

口を開けて直接摂取することや成功した人たちは、もう満足とばかりに、水の枯渇した川の流水跡に向かっていた。ここは寝床を持たない人たちにとっては人気のスポットで、人間一人が収まるのにちょうどよい隙間が沢山あるというのが理由だった。ただし寝ている間に山の方で雨が降ると濁流が流れ込んでくるため、その濁流にのまれた人間は、眠剤で意識を取り戻さないまま流されて死んでしまうそうだ。彼らの間ではクールな死に方とされている。そういえば昔、眠剤の雨のたびに会って話していた女も、家がなくなったとかなんとかで川に寝床を求めるようになり、何度目かの夜に濁流に流されて死んでいった。死体も見つかっていない。あのとき私のところに来るようには言えば彼女は流されなかったのかもしれないが、彼女は流れることを望んでいるようにも見えた。それからはずっと、眠剤の雨には一人で取り組むことにしている。

帰宅してから、袋に溜め込んだ眠剤を一気に流し込み、敷布団に上に大の字になった。すぐに布団と一体化したかのような倦怠感に全身が包まれ、気分がよくなってくる。

室内に濁流の流れ込む音が混ざり始めた。すでに山間部では雨が降っていたようだ。しかし部屋の壁で減衰した濁流音は何とも頼りなく、いま聴いている安眠用バイノーラル耳舐め音声のぐちゅぐちゅ音と判別することは難しかった。

家系ラーメンの誘惑

時々無性に食べたくなるものと問われたら、おそらく「家系ラーメン」と答える。

食べるのは大抵は仕事帰りである。つい数分前まで冷蔵庫の中身を思い出しながら夕食を組み立てていたのに、最寄り駅の行きつけの店の赤い看板を目にした途端、暴力的な脂と塩分の刺激の記憶が頭の中を埋め尽くしていく。

そうなったらもう、店まで一直線だ。

こういうときに家系ラーメンを食べるために自分は仕事をしているんだという無敵の人生観を一時的に構築して、一杯入魂、心ゆくまで堪能してやるという気持ちが盛り上がってくる。

中盛りにライスをつける。最後にスープとライスと余ったチャーシューをぐちゃぐちゃに混ぜて食べるのが美味しい。

機嫌の良い日はほうれん草を増す。シャキシャキした茎は単独で、萎びた葉は麺に絡めて食べるのが美味しい。

オプションは全て普通。色々な組み合わせを試したが、全て普通が一番好きだった。店主の考える最も良い塩梅を普通としてレシピ化しているだろうから、全て普通を最も美味しく感じるのであれば、元々その店とは舌の相性が良いのだろう。実家に帰るようなもので、誘惑に負けるのはある意味必然といえる。

思えば高校、大学時代も家系ラーメンは生活の重要な位置にあった。学生の本分を全うできず沈んでいるときでも家系ラーメンは変わらずに刺激的で、サボりという名の非日常の始まりで、美味しかった。それはきっとこれからも変わらないのだろう。変わりたくない。

そんなことを今日も行きつけの店で食べた帰り、火照った身体を夜風で冷ましながら考えていた。

帰宅して朝から広げっぱなしの敷布団に寝転がったときはじめて酒を買っていないことに気づいたが、今日はまあいいかと思った。

プロ野球において特定のチームを応援するということ

自分は野球をよく見ている。社会人になってからは特に、酒を飲みながらダラダラと眺めることができるので、さらに見る頻度が増している。とりわけ贔屓にしているのは横浜ベイスターズである。だいたい2004年くらいから贔屓として見始めたので、いわゆる暗黒時代(今も決して強い球団とはいえないが)も見届けていることになる。

しかし最近、特定のチームを応援するのは割に合わない、と思うようになった。

これはプロ野球という一スポーツの一ジャンルの特徴になるのだが、優勝チームでも7割は勝てないのだ。つまり1週間に少なくとも2回は、贔屓が負けて悔しい思いをすることになる。これは日常を送る上では相当に多い頻度ではないか。ジェットコースターのように感情が乱高下する。まあ健全ではない。しかも当人はプロ野球観戦を娯楽として楽しんでいるはずなのだ。よい気分で1日を終えたい。なのに、突きつけられる贔屓球団の敗北。それを遠くから眺めることしかできない。声援を送ったところで結果はほとんど変わらない。プレーヤーとは違うのは、負けを納得させるための下準備もまともに許されないことだ。悔しい。でもどうしようもない。改善しようもないのだ。せいぜい2chやyahooのコメントに不平不満をぶつけて、運良くオーナーがそれを眺めて……というような妄想をする程度だ。

私は贔屓がそれはそれは酷い負け方をした夜思うのだ。

なんなんだこの人生は、と。

多少入り込んでしまった人間は贔屓球団の勝敗を人生に組み込んでしまうらしい。

プロ野球界全体を見れば素晴らしい選手はたくさんいるし、スーパープレイも毎日のように生まれる。それが一転、敵として絡んでいた場合はどうなるか。手放しで喜ぶなんてもってのほか。憎しみがふつふつと湧き上がり、暴言を吐き、空いた酒缶を投げ捨てるだろう。そんなことはしないという穏やかな人間は、どうかそのまま穏やかな人生を送ってほしい。だが横浜ベイスターズは5割勝つことが滅多にないチームであるから、必然的に憎しみの募っていくペースの方が早いのだ。最初は表の行動に現れなくても、15年も応援していれば黒い淀みが溜まりに溜まりあふれることだってある。どれだけ負けようが平静を保てるようになるころには、どれだけ勝っても何も感じないようになるだろう。それはプロ野球を必要としないということで、悟りとはそういうものだと思っている。

それでは強いチームを応援すればいいのかというと、そうともいえない。それで満たされるのは、プロ野球を本当に一人で楽しめる人間に限られるだろう。プロ野球の観戦は談義とセットになっているので相手が必要になるからだ。強豪球団にはアンチが多い。少なからず人間関係で損をすることになる。たかが野球で、と思った人は、たかが百合の解釈で、たかが(任意の好きな事柄)で、と言われた時にも平静でいられるだろうか。いわゆる詭弁論理学なのだが(好きな考え方ではない)、世の中の議論は往々にしてこのように展開することもあるので気をつけた方がいい。

贔屓球団をもつのは、かなり厳しいということがわかっていただけただろうか。私はわかりません。

ちなみに全球団を平等に愛しているという人をみても、偽善者のように感じてしまうだろうし、全く興味ないときっぱり言われると関わりづらいと感じてしまうかもしれない。つまり、プロ野球は損なのである。

はい。たったいまベイスターズが勝ったので、今の話は全て嘘です。

ほら、こういう思考になるでしょう?

2019/05/23 部屋の整頓完了

部屋の整頓が完了しました。

before
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After

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ベットと机と椅子が消失し、新たに棚が増えていますね。棚は一個3000円くらいの地震で即死する系です。あと余していたちゃぶ台をPCデスクにしています。小型の折りたたみワークデスクはちゃぶ台の下に綺麗に格納できるサイズで、食事のときに引っ張り出します。これでビーズクッションを起点に全コレクションにアクセスすることができるようになりました。

両画像に洗濯物があるのは、何も考えていなかったからです。パンツもありますね。ちなみに柄のついているパンツは、オナニー直後の敏感なちんぽでコンビニに行くときに履く用のパンツです。こういうモノを真っ先に捨てるべきだったのでは?

こうして比べてみると、前の部屋も悪くないように思った。ただ数日過ごしてみると、以前の部屋は「宿」で、今の部屋は「自宅」という感じがした。以前はベッドの下から重いコンテナを取り出し、その中を漁ってようやく作品を読み始めることができた。この労力が作品に向き合う際に面倒臭さと気負いを生んでいた。棚にならべることで、気軽にアクセスして楽しむことのできる雰囲気になった。なかば衝動的に始めた整頓だったけど、概ね満足しています。

今は自炊の大幅な簡略化を進めています。

調理器具や調味料の厳選、優秀なインスタントや冷凍食品、カット野菜の発掘を行い、IHコンロ一個でそれなりの食生活をする。理由は私が手取り17万で、終身雇用制度が終われば真っ先に切り捨てられる側であるということを思い出したからです。

相応の社会性、相応の生活観を身につけ、最高のメンタルでツアーに向かいましょう。

2019/05/09

今日は8時に起きてシャワーを浴び2時間ほど散歩をしてから、池袋のジュンク堂書店開高健短編選を買って、メロンブックスでTUMENECOの新譜を買って、昼寝をして、半年以上触っていなかったPS4PSVRを売りに出して、ハイプナイトを受け取って、レズ風俗アンソロジーを読んだりした。こうしてみるとなかなか活動的ではないか。

開高健は「珠玉」だけ電子書籍で所有していて、既に4回ほど通して読んでいる程度には好きな作品なのだが、文章があまりにも精緻で読むのにとても疲れてしまうので、向き合うにはそれなりのエネルギーが必要になってくる。しかしここ一、二ヶ月は気力の減退が激しく、「響け!ユーフォニアム」の劇場版をなんとか1回観に行くのが精一杯という有様だったので、短編選が出たと知ってからもとても手を出そうという気にならなかった。断捨離や減量をしていたのは、そんな現状から脱却したかったというのがある。その効果が出たのかはわからないが、今日はたっぷり散歩が出来た。気力や体力が戻りつつあると感じたので、今のうちに買っておこうと思った。本棚に並べてみると他に所有しているわずかな文庫本と比べてもやはり分厚く、一筋縄ではいかない雰囲気があるが、短編選なので個々のボリューム1冊の文庫本を読むより少ないはずだ。時間を見つけて読み進めていきたいと思っている。

東方二次創作については、以前のように1イベントごとに4,5万を吹き飛ばすような荒々しいバイタリティはすっかり失ってしまった。とはいえ完全に手を引いたわけでもなく、TUMENECOは例外の一つとして細々と買い集めている。いつ聴いてもTUMENECOはTUMENECOで安心感がある。未だに地球上の全ての曲の中で永遠幻想を超える曲は見つかっていない。別に見つからなくてもいい。

PS4PSVRは本当に触っていなかったわりに、コードが沢山ありホコリも溜まりやすいので掃除も手間があり(これは断捨離をしている最中に感じた)、要らないなと思ったので売りに出した。箱は捨てていたので大した額にはならないだろうと思っていたが、見積もりによると合わせて2万円強ほどで買い取ってくれるらしい。来月の田村ゆかりさんのツアーの交通費の足しになりそうだ。一時的にBDの再生手段を失ってしまうが、ボーナスが入ったら安い再生機でも買おうと思う。結局すぐ金を使うことになってしまうわけだ。これはある種の買い替えである、と必死に言い聞かせている。きっとこういう振る舞いを金の使い方が下手というのだろう。ぼんやりわかってきたがどうしようもない。一人でいるうちはこの先もずっと衝動が先行してしまうだろう。

レズ風俗アンソロジーについて。 お話にしようと思ったらああいうお悩み相談を挟まなければならないというのは何となくわかるのだが、それにしても綺麗な話が多すぎて厳しくなってしまった。個人的には恋愛に絡めない話を読んでみたかったというのがある。貢ぎすぎて破綻する話、レビュアーの話、事務員の話、etc……。いや、ここまでくるとレズ風俗アンソロジーというよりは単なるドキュメンタリーになってしまうか。こういう感想が生まれてしまうことも、男性と女性では求めるものが違う、というやつなのだろうか。本当にわからない。女と女の話をちまちま練っていて、爆発したら一気に書きすすめてやろうと思っていたのだが、また後退してしまった気がする。お前はこのまま一生なにもできない。

こめかみが痛んできた。今日はもう寝ます。