おつかい

深夜、私はコンビニへ向かっていた。同居している彼女が、どうしても今日受け取らなければならない荷物があるのをすっかり忘れていたらしい。彼女はそのことで癇癪を起こし、部屋中の柔らかいものを掴んでは無造作に投げ込んでいた。なだめるより荷物を取りに行ったほうが早いと思った私は、彼女の財布から免許書と、伝票番号が書かれたメモ用紙を取り出し、依然パニックを続ける彼女を尻目に家を出た。これで何度目だろうか。コンビニへ足を進めながら、ふと、彼女の免許書をみる。私と付き合う直前に更新したという。写真写りの悪さに定評のある免許写真であっても、チャームポイントと豪語していたシミひとつない白い肌やパッチリと二重に開いた目は健在で、初見時は彼女だけプリクラでも使ったのだろうかと思ったほどだった。既に何度か自損事故をやっているとは思えない自信たっぷりの表情も魅力的だった。コンビニに着いた私は、彼女の代理である旨をつげ、彼女の身分証と伝票番号を提示する。東南アジア系の店員が雑に目を通したのち、手のひらに納まるくらいの小さな箱を手渡された。大方、何らかの抗鬱薬睡眠薬といったところか。もう個人輸入なんて碌な薬は買えないだろうに。彼女は以前通っていた心療内科で、幼少の頃の知人と顔を合わせてしまったトラウマから病院に行けなくなっていた。その程度のことがトラウマになってしまうくらいには、過去の彼女は輝いていたのだろう。帰宅すると、彼女の癇癪はいくらか収まっていたが、私をみたとたん涙をボロボロこぼしながら謝罪の言葉を口にし始めた。「ごめんなさい、ごめんなさい。いつもいつもこんな……嫌いになったよね」「そんなわけないでしょ。ほらコレ」と小箱を渡す。受け取った彼女は、すぐに円筒型の文具入れに沢山突き刺さっているカッターナイフのうち、緑色のそれを取り出し開封した。小箱の中には英語とヒンドゥー語が散りばめられたさらに小さな箱が入っていた。その中から手早く錠剤を取り出すと、待ちきれないとばかりに水道まで小走りで向かい一気に2錠、飲み干した。「ほら、もう大丈夫だよ」効果が現れるのはもう少し先のはずだが、薬を飲んで安心したのだろうか、彼女はいつもの雰囲気を取り戻していた。一気に疲れた私は、彼女の手を引いて身を預けるようにベッドになだれ込んだ。手の暖かさに、先程までモノに当たっていた冷酷さ、過熱さは残っていない。ではさっき、部屋で取り乱していたのは、誰なんだろう。私と出会う前の彼女の周囲を嗅ぎ回ってみたものの、癇癪を起こしていたというエピソードは確認できていない。つまり”あの子”を生み出してしまったのは、仕事で悩んでいた彼女に、私の余っていた精神安定剤を与えてしまった私。与えたときは少しだけ後悔したけど、彼女が薬に傾倒していく様子は美しくて、止められなかった。薬によって与えられた正気で、改めて謝罪の言葉を述べる彼女を優しく抱きとめる。どちらに心が籠もっているのかはもうわからないし、そもそも心が籠もっていたところで謝罪では響かない。「薬、今度こそやめましょう。私も協力するから」「うん……ありがとう」月並みのセリフで得られた感謝の言葉は、口を合わせると、かすかな苦味を感じた。