私ね、昔――。

穏やかな表情で語ろうとする彼女とは対象的に、私は険しい表情をしていたと思う。

それは、これから語られるであろう彼女の実に同情的な過去に対して模範解答をしようと備えたものではない、自然に作られた表情だった。

相手の過去を知ることとは、すなわち、その相手との距離感を明確に定められてしまうことに他ならない、と私が考えているからであった。

過去の彼女を、今の自分で裁量することを強いられてしまう。

今の彼女が何であれ、だ。

本質的に、人は過去を捨てられない。

染み付いた先入観は、表面的な行動では取り繕えるかもしれない。だが、生理的反応まで錯覚させることはできない。

これまで愛おしいと思っていた、彼女の体表に浮かんでいる傷を愛せなくなるかもしれない。

過去を語る側は身勝手だ。

それで相手との距離を極限まで縮めることが出来ると確信しているから。

距離が縮むことイコールより深い情愛であると信じ込んでいるのだ。

彼女がどれだけオナニーをしたところで、私は欲情しない。

結局のところ、私も彼女の傷をみて、あれこれと自分に都合の良い考えを巡らせているだけなのだ。

私達の関係は、初手の段階で間違っていたのだ。

彼女もそれを自覚したからこそ、こんな博打を打ったのかもしれない。

私は、煙を薫らせながら適当に相槌をうつ。

本当に身勝手なのは、どっちなのだろうか――。